コーヒー豆の品種 (その2)

今回はコーヒー豆や、その様々な品種がどのようにして世界中に伝わっていったかを説明していきたいと思います。結構マニアックな話になりますが、コーヒーに関する理解を深めるためにもぜひ読んでみて下さい!

 

【アラビカ種の普及】
飲用として初めて世に出回ったコーヒー豆は、エチオピア原産のアラビカ種ティピカでした。6~9世紀にかけてエチオピアからイエメンに伝わった後、1700年頃にイエメンのモカ港から東南アジアへ運ばれました。

現在でも、エチオピア産及びイエメン産のコーヒー豆は「モカコーヒー」と呼ばれていますが、モカ港から船積みされたという歴史的背景がその呼び名の由来です。

その後インドネシアにて栽培が始まり、インドネシアからヨーロッパへ送られたアラビカ種ティピカは、カリブ海諸国、中南米へ伝わり幅広く栽培が行われるようになりました。

ティピカの一部はヨーロッパからブルボン島(現在のレユニオン島)に伝わり、その突然変異種であるアラビカ種ブルボンが誕生します。ブルボンはその後東アフリカ及び中南米にて栽培されるようになります。

 

【さび病の流行】
アラビカ種のコーヒーはその風味の良さとカフェインによる覚醒作用により、世界中の人々の嗜好品として定着しましたが、ある重大な弱点を持っていました。病気に冒されやすかったのです。

1800年代の東南アジアにおいて、その弱点が発端となる、アラビカ種にとっての危機が訪れます。コーヒーの伝染病である「さび病」の流行です。さび病はコーヒーの木の葉にオレンジ色の病斑を作り、果実を台無しにしてしまう病気です。さらに感染力が強いため、たちまち広い範囲に壊滅的ダメージを与えました。

現在セイロン紅茶で有名なスリランカは元々コーヒーの生産国でしたが、さび病の蔓延を食い止められず、コーヒー生産を断念し、紅茶栽培に切り替えたという歴史があります。この時代のコーヒー生産者は、いつどこで流行するか分からない恐ろしい病気とどのように立ち向かうか頭を悩ませていました。

 

【ロブスタ種の発見】
アラビカ種がさび病により大きな被害を受ける中、あるコーヒーの木だけは決してこの病気に感染しませんでした。その品種こそが、ロブスタ種です。

ロブスタ種は正にコーヒー界の救世主でした。風味こそアラビカ種には及びませんが、さび病に対し完璧な耐性を持ち、さらにはあまり手をかけなくともグングン育ち、アラビカ種以上の多くの実を付けるなど、生産者にとって良いことづくめでした。ロブスタ種はその後、ベトナムやインドネシア、インド等で栽培が始まるようになります。

 

【ハイブリッド種の誕生】
ロブスタ種への栽培に切り替えた農園主はそれ以降さび病を恐れる心配は無くなりましたが、風味がアラビカよりも劣るため消費者に選ばれにくいという側面もありました。

1900年代中期、さび病はブラジルや中南米にも流行し始めるようになります。高品質アラビカの生産地であるそれらの国々も風味に劣るロブスタに植え替える決断を迫られるところでしたが、それを救ったのが新たに誕生したハイブリッド種です。

きっかけは東南アジアのティモール島で発見された「さび病に強いアラビカ種」でした。コーヒーの研究者たちはその品種について遺伝子解析等詳細な分析を行った結果、それはアラビカ種とロブスタ種の配合品種、いわゆるハイブリッドであることが判明したのです。アラビカ種とロブスタ種は染色体数が異なるため通常は交配ができないのですが、発見されたその品種は、突然変異によって染色体数が同数になり自然発生したと考えられています。その世界初のハイブリッド種は「ハイブリド デ ティモール」と名付けられました。

ティモールで発見されたハイブリッド種は幸運なことにアラビカ種との交配が可能でした。発見された当初は、まだ風味の面で難があったため、コーヒー研究者達はアラビカ種との人工交配を行うことで風味の良いハイブリッド種の開発を目指すことになります。

 

【そして現在】
私達がコーヒーを気軽に楽しめるのは、長い歴史の中で、生産者や研究者が努力を重ねてきたおかげ、ということが理解できたかと思います。

品種の多様性があり、全てが大切な役割を持ち、「コーヒーのある日常」を私たちに提供してくれています。

いつも飲んでいるコーヒーに「これはどのように作られたものなんだろう?」と、ふと思いを馳せていただけると、より一層コーヒーのある日常を楽しむことができるかもしれませんね!